卒業生からのエール
在学中の思い出を恩師と話ながら当時どう感じていたのか、後輩と語り合いながら自分はどうだったか話ていただきました。
その中で見える、私たちのビジョンとは。
在校生 × 卒業生
左から、香月 里菜(高等部1年生/第36期生)、松薗 桃子(鹿児島大学医学部医学科2年生/第31期生)
※令和8年度時点
夢に向かって、ともに進もう
ずっと変わらない、あたたかな眼差し
先輩が後輩を見守り、互いに高め合う。志學館には、そんな文化が脈々と受け継がれています。そのあたたかな絆は、卒業後も途切れることはありません。今回は、医学生として歩みを進める卒業生の松薗桃子さんと、その背中を追う高等部1年生、香月里菜さんによる対談。現役生が抱く率直な疑問から、お二人が描く将来のビジョンまで、語り合っていただきました。
医学の世界への扉は、日常の中に
お二人が医学を目指そうと思ったきっかけは?
松薗桃子(以下松薗) 私の姉が医学部に通っていて、「同じ話題で話ができたらいいな」と思ったのが最初の動機です。
私は今、鹿児島大学の医学部で学んでいます。実際に解剖実習などを通じて、人体の緻密さに感動する毎日です。最初は緊張しましたが、次第に「もっと知りたい」という知的好奇心が勝っていきました。最近は、「患者さんの治療に直接携わりたい」との思いが強くなり、とくに眼科や外科の分野に興味を抱いています。
香月里菜(以下香月) 私は、もともと医学に興味がありましたが、進路講演会がきっかけで、より一層関心を持つようになりました。講演会では、企業内で働く医師について紹介がありました。病院の診察室で患者さんと向き合い、病気を治すことだけが医師の役割だと思い込んでいましたが、社会の仕組みの中に深く関わり、多様なフィールドでの活躍の仕方があるのだと気づかされました。
松薗 そうなんですね。志學館では、さまざまな分野で活躍されている方の「生の声」を聞く機会が多いので、刺激になりますよね。
香月 はい。とても貴重な経験でした。私は高校1年生ですが、今のうちにやっておいた方がいいことはありますか?
松薗 本格的な勉強が始まる前に、学校行事や生徒会活動など、いろんなことを経験することも大切だと思います。また、大学によって問題の対策が全く違うので、志望校を早めに絞ることをおすすめします。
チャンスは自分でつかむもの
松薗さんは、文化祭の責任者や生徒会、応援団など多方面で活躍されたそうですね。
松薗 はい(笑)。中等部の頃から、文化祭の劇の監督や指揮者、生徒会の副会長など、とにかくチャンスがあれば手を挙げてきました。最初は「誰かがやるより、自分でやったほうが納得できる」という思いからの行動でしたが、それが結果として大きな成長につながったように思います。
香月 どのように勉強と両立されていたのですか?
松薗 私は電車通学だったので、通学時間は勉強に当てようと決めていました。テニス部の練習で帰りが遅くなっても、電車の中では英単語帳を開き、スキマ時間を活用してリスニングを聴いたりしていましたね。
香月 具体的にはどんな工夫をされていたのですか?
松薗 例えば英語ならお気に入りの単語帳を一冊作り、何度も何度も繰り返しめくって英単語を覚えました。もう単語帳がボロボロになるくらい。あとは、単語に付箋を貼って、覚えたら付箋を取る、といったように電車の中でも勉強できる工夫をしていました。難しい問題を解くより、とにかく「基礎」をしっかり固めることが大事だと思って。ボロボロの単語帳は、自分でも「やった感」が出るので、いっぱい触った方がいいですよ(笑)。
香月 数学はどのような対策をしましたか?
松薗 私の場合、数学の先生と仲良くなって、徹底的に添削指導をしてもらいました。「あの先生は教え方が上手い」と評判を聞けば、自分からお願いに行ったりもしていましたね。先生たちが生徒の意欲にとことん付き合ってくださるところも、志學館の強みだと思います。
時をこえて、響き合う
これからのビジョンをお聞かせください。
香月 先輩のお話を聞いて、受験に対する実感が湧いてきました。夢を実現されている先輩の存在は、私にとって大きな励みであり、とても心強いです。また、先生たちが私の小さな変化や努力に気づいて声をかけてくださることも、日々の支えになっています。もともと旅行や遊びが大好きで、勉強以外のことも楽しみたいと思っていたのですが、中・高一貫の環境で過ごすうちに、勉強とのメリハリが自然に身についた気がします。これからも自分らしさを大切に、夢の実現に向けてがんばります!
松薗 私も、志學館時代は勉強だけではなく、人間関係や学校生活の悩みなど、いろいろな面で先生方に支えてもらいました。実は中等部の頃、まわりと少し距離ができてしまった時期があったんです。でも、さまざまな責任者を務める中で、「自分の意見を言うだけじゃ人は動かない」と気づかされました。
「志學館」という自由な環境で、周囲とぶつかり合いながら学んだ「相手を不快にさせない伝え方」や「空気の読み方」といったコミュニケーション能力は、今の私にとってかけがえのない財産です。この経験が現在の大学生活でも役立っていますが、将来、患者さんと向き合う際にもこの力を発揮したいと考えています。患者さんが何でも安心して相談できるような医師を目指して、これからも人間力を磨いていきたいです。
卒業生 × 教 員
左から、山本 利華(事務員/第19期生)、佐藤 龍一郎(数学担当 テニス部顧問/志學館19年目)、徳重 豪士(医師 耳鼻咽喉科/第19期生)、原村 隆也(理科担当 陸上部顧問/志學館21年目)
※令和8年度時点
いつでも戻れる心の居場所
あの頃の自分に会いに行く
志學館で中・高6年間を共に過ごした卒業生、19期生の徳重豪士さんと山本利華さん。当時、徳重さんの担任だった佐藤龍一郎先生と、山本さんの担任だった原村隆也先生に、懐かしい教室で再会しました。卒業して何年経っても、戻れる心の居場所。古いアルバムを囲んで、いつまでも色褪せない、あの頃の思い出が蘇ります。
お帰りなさい
原村隆也先生(以下原村先生) 久しぶり。何年ぶりかなあ。
山本利華(以下山本) お久しぶりです。何年か前に先生に会いに来た以来です。
佐藤龍一郎先生(以下佐藤先生) 19期生は卒業してから15年も経つんだね。
佐藤先生 徳重君は結婚したそうだね。おめでとう。
徳重豪士(以下徳重) ありがとうございます。
山本 卒業してから何年経っても、当時の担任の先生に会えるのは志學館ならではですね。
佐藤先生 徳重君とは、卒業後に一度釣りに行ったね。
徳重 はい。他の先生も何人か一緒に、船釣りに行きましたね。
山本 私は、バレンタインデーに、女子みんなから男子全員に手作りのバレンタインチョコを贈ったことを今でも覚えています。男子もホワイトデーにケーキをお返ししてくれるような仲のいいクラスでした。ホワイトデーの1時間目が原村先生の授業で、「みんなで写真を撮ろう」って言ったの、先生は覚えていらっしゃいますか?
原村先生 覚えてるよ。写真、まだあるかも。ちょっと待ってて。
山本 えー!見たいです。
原村先生 お待たせしました。写真、あったよ。
一同 懐かしい!
山本 わー!私がいる!
佐藤先生 ほら、体育祭の仮装。これ原村先生だよ(笑)。
山本 本当だあ(笑)。写真を見ていたら、中2の修学旅行の時を思い出しました。
原村先生 あの時はたしか、自主研修で広島に行って、奈良に行って、最終日に行った京都で舞妓さんと写真を撮ったよね。
山本 そうです。私、その修学旅行がきっかけで「京都の大学に行きたい!」と衝動的に進学を決めたんですよ。
原村先生 そうだっけ?何がそんなによかったの?
山本 京都の古い街並みです。念願叶って京都の大学に進学し、巡り巡って実家のお寺で事務の仕事をすることに。当時はそんなこと想像もしていなかったので、不思議な巡り合わせを感じています。
原村先生 懐かしいなあ。毎年集合写真を撮って、こんな風にアルバムに残してあるのはこの19期生くらいまでだったと思います。その後はスマホで撮影するようになりましたからね。
自由を謳歌した学校生活
当時はどんな生徒さんたちでしたか?
原村先生 一言で言うと、エネルギッシュでした。元気が有り余っていましたね(笑)。なんかこう、自分で切り開こうという気概があったような気がします。前向きというか自由を最大限に有効活用していたんじゃないでしょうか。
佐藤先生 自由であることを謳歌していたよね。
山本 卒業してから、まわりの人の話を聞いて、「志學館は自由だったんだな」とあらためて気づくことが多いです。
徳重 自由でしたが、僕はちゃんと怒られていました(笑)。
原村先生 めちゃくちゃ怒りました(笑)。自由と言ってもマナー的なことはやっぱり注意しなくちゃね。あの頃は私もまだ27歳くらいで若かったから。初めての担任が志學館の中学2年生で、自分も精一杯だったと思います。悩みを抱えると、当時の主任だった先生がよくハンバーガーショップに連れ出して、相談に乗ってくださいました。今でも忘れられません。
山本 私も先生に助けられた経験があります。実は私、学校に行きたくない時期があって。先生が親身になって話を聞いてくれて救われました。先生のおかげで辞めないでがんばれたのだと、今でも感謝しています。
大人になっても続く友情
徳重 私は今、鹿児島市立病院の耳鼻咽喉科で医師として働いています。隣の眼科に志學館の同級生がいて、今でもいい相談相手です。私が医学部を目指し、本格的に勉強を始めたのは高校2年生からでした。本気でがんばっているまわりの友達に触発されたのが大きかったと思います。
佐藤先生 朝早くに学校に来て教室で勉強をしていたね。
徳重 でも、センター試験で力を発揮できず、二次試験でがんばればなんとかなるだろうと甘く考えていたら、佐藤先生から「始めるのが1年遅かったね」と告げられました。まだ諦めていなかったので、あれ?って思いましたけど(笑)。結果は予想どおり厳しいものでした。
佐藤先生 そんなこと言ったの?申し訳ない(笑)。徳重君は馬力があって、やる時はやる!というタイプなので、信じて待つという気持ちだったかもしれません。
徳重 人に言われても、自分が気づいたタイミングでしか本気でやり始めることはできなかったと思います。挫折を味わって、かえって気合が入ったのかもしれません。1年遅かったですが(笑)。
そこへ中等部3年生が通りがかり、勉強法について質問が。
中等部生 私も医学部を目指しています。いつから本腰を入れて勉強しましたか?
徳重 僕は高校1年生までテニス部の活動に全振りしていたので、勉強を始めたのは高校2年生から。ギリギリだったと反省しています。だから、今から頑張れば大丈夫!先生方が添削指導などでしっかりサポートしてくださるから心配ないよ。
中等部生 ありがとうございます!がんばります。
山本 みんなかわいいですね。私は、志學館の制服を着ている子を見かけると、先輩である私自身がスマートであろうと背筋が伸びます。「志學館を背負っているから、がんばろう」って思えるんです。
原村先生 まさに志學館生の「スマートたるべし」の姿だね。私も歴代の校長や先輩たちの背中を見て学んだので、自分もそうありたいと思っています。
佐藤先生 徳重くんは自分の子供さんを志學館に進学させたい?
徳重 子供の性格にもよりますが、いい友達に出会って欲しいから、志學館に行けるように成長を見守っていきたいです。
山本 私も志學館の友達と今でも仲良くしています。一生の友達ができるかもしれないよ。私みたいに。
佐藤先生 そんな日が来ることを楽しみにしています。
原村先生 今日はありがとう。またいつでも遊びに来てください。




